理論

民主的なクラスのつくりかた(14)

クラスづくりの展望(3)

私が教師になり、1年2年3年とクラスを担任した最初の3年間が過ぎてはじめて、「やっていけるかな」と思いました。
しかしそれは自惚れでした。
まだまだでした。
10年過ぎて、どんなクラスでも自主的なクラスにできるようになったかなと思いましたが、これもまた自惚れでした。
子どもたち同士の助け合い励まし合う信頼関係が築け、担任と子どもたちとの信頼関係も築け、満足感・達成感が得られたのは、最後の6~7年間だったように思います(それでも、100点満点とはいえません)。
その時はもう定年間近でした。

自主的・自治的なクラスをつくっていくには、多くのことをやらなければなりません。

授業(教科)をつくるという、もう一つの重要な仕事がありますし、校務分掌の仕事もあります。
部活動の指導もあります。
私は、生徒会本部指導も担当していました。

この多忙の中で、クラスづくりを進めていくのは大変です。

クラスづくり…ことしの目標は? ~一年にひとつずつ~

  • 班の活動をつくる。
  • 係活動を自主的にできるようにする。
  • リーダーを育てる。
  • 学級委員や班長等リーダーを立候補で選出する。
  • 話し合い(討議)ができるようにする。
  • 体育祭・合唱祭・キャンプ・修学旅行等、行事を指導する。
  • 保護者との信頼関係を築く。
  • 学級通信を発行する。
  • いじめ・不登校等の問題に取り組む。
  • その他

この中で、「ことしは、ここにチャレンジする」という重点目標を、一つか二つでいいので、決めるといいのではないでしょうか。

「ことしは、班長を全員立候補で決められるようにする」とか、「学級通信を週1回以上発行する」とか、「帰りの会で話し合いができるようにする」とか…

順番があるわけではありません。
どれからでもいいのです。
1年に1つ、10年で10。

教師も子どもたちとともに成長していくのです。

葛飾北斎は、「70歳以前の作品は取るに足りない作品ばかりだ」、(88歳で亡くなる時に)

「あと10年、あと5年あれば本当の絵師になれただろうに」と言ったそうです。

私はよく、教師って、〝○年◇組〟という作品をつくる職人みたいなものでないかと思いました。
私は、以前の〝作品〟が「取るに足りない」とは思いたくないのですが、〝未完成品〟だったのは間違いありません。
〝未熟品〟ではありますがその年その年の成長過程を映していることは間違いなく、成長過程そのものに価値があるのだと思います。
それが子どもたちの成長過程と響き合って、その年の〝○年◇組〟なりの輝きがあったのではないかと思うのです。(これも自惚れ?)

退職するときはすごいジレンマでした。

やっと〝完成品〟に近づいてきたのに…。あと3年あれば…、あと6年あれば…。

教師には過重労働や生徒たちの人生など多くの重しがのしかかる。

でも、公務員には定年があるんです。

しかも、周囲からは「そんなに働いたら死ぬぞ!もう辞めなさいよ!」という声が…。

残念ながら時間は戻せません。

ジレンマを抱えたまま…。人生とはこんなものなのかな…!?

私が教職に就いていた36年間は、あっという間でした。まして、1年間は猶更です。 

山あり谷あり困難は多いですが、子どもたちが生き生き伸び伸びと成長しあうクラスをめざし、ほどほどにがんばって(頑張りすぎると死にます!)、一年一年成長していく過程をこそ大切にしたいと思います。

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