きみにとって学校とは(5)
りっぱな行ない
アミーチス著、柴田治三郎訳『クオーレ(愛の学校)』より
けさこそガルローネがどんな人か、よくわからせてもらえた。
ぼくが教室にはいっていったとき~ぼくは二年のときのぼくの女の先生に呼びとめられて、何時にうちへ来たらみんなに会えるかなどときかれたので、ちょっとおくれたのだが~先生はまだお見えになっていなかった。
そして三、四人の生徒が、かわいそうなクロッシを、赤い髪の毛をして、片手がきかず、お母さんが野菜を売っているあのクロッシを、いじめていた。
定規でつっつきまわしたり、顔に栗のからをぶっつけたり、片腕を首につるまねをして、片輪だの化け物だのと言っていた。
クロッシはたったひとり、机のすみっこでまっさおになって、どうかほっておいてくれと、たのむような目をして、やつらをひとりひとり見つめながら、聞いているだけだった。
ところが、やつらは図にのってばかにするので、とうとうクロッシは、いかりのため、からだがふるえ、顔が赤くなり始めた。
すると、いやらしい顔をしたフランティが、急に机の上にとびあがり、両腕にかごをふたつかかえているかっこうをして、学校の戸口まで息子を迎えに来ていたころの、クロッシのお母さんのまねをした。
お母さんは、いまは病気なのだ。
おおぜいが、どっと笑い出した。
そこでクロッシはカッとなり、インキつぼをひっつかんで、フランティの頭をめがけて、力まかせに投げつけた。
ところが、フランティはすかさず頭をさげたので、インキつぼは、そのときちょうどはいってきた先生の胸にぶつかった。
みんなは自分の席へ逃げかえったが、おそろしくて、だまってしまった。
先生は、まっさおになって、ご自分の小机のところへあがり、いつもとはちがった声で、たずねた。
「だれだ?」
だれひとり答えるものがない。
先生は、さらに声をはりあげて、もう一度叫んだ
「だれだね?」
そのとき、ガルローネはかわいそうなクロッシに同情する気持ちで、さっと立ち上がって、
「ぼくです!」と、きっぱり言った。
先生はガルローネを見つめた。そして、あっけにとられている生徒たちを見つめた。それから、おだやかな声で言われた。
「きみではない」
そして、ちょっとたってから、
「やったものには罰を加えない。立ちなさい!」
クロッシが立ち上がって、泣きながら言った。
「みんながぼくを,打ったり、ばかにしたりするんです。だから、ぼくはカッとなって、投げたんです」
「おすわり」と先生は言った。「クロッシを怒らした者は立ちなさい」
四人の生徒が、頭をたれて、立ち上がった。
「きみたちは」と先生は言った。「きみたちはなんにもしていない友だちをいじめた。ふしあわせな者を、ばかにした。自分を守ることのできない弱い者を、打った。人間としての名誉がけがされる。いちばんいやしい、いちばんはずかしい行いをしたのだ。卑怯者たち!」
こう言うと、先生は、生徒の机のあいだにおりてきて、顔をうつめけて立っていたガルローネのあごに手をあてて、その顔もちあげ、目をじっと見つめながら、言われた。
「きみは、心のけだかい人間だ」
ガルローネは、このときとばかり、先生の耳もとでなにかつぶやいた。すると先生は、わるいことをした四人の生徒の方にふり向いて、あらあらしく言った。
「きみたちを、ゆるしてあげよう」
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