進路指導をどうすすめるか
〝能力・適性に応じた進路選択〟について
「能力・適性に応じた進路選択」が大切だと唱える向きが一部に見られますが、これについて考えてみましょう。
この考え方に基づくと、まず、子どもたちが、いまの世の中にどんな職業や業種があるか、調べます。
あるいは、教師が紹介します。
一人ひとりの子どもが、将来希望する職業や業種があれば、進路希望調査用紙に記入します。
なければ、「いまのところは決まっていない」という欄に記入します。
それぞれ自分にどんな能力があるのか、自分の性格や得意なことは何かを理解(自己理解・自己分析)し、それを進路希望調査用紙に記入します。
「わからない」場合には、その旨を記入します。
場合によっては、そのために「適性検査」を実施し、その回答を参考に自分の能力や適性を認識します。
自分の希望がある生徒は、それが能力や適性とどれだけ合致しているか調べ、自分の希望について、その希望が適切かどうか検討します。

どんな高校や大学、あるいは専門学校があるか調べます。
自分の希望と能力・適性を勘案して志望する高校を決めます。できることなら高校後のことも考えます。
自分の能力・適性を理解して、いくつかある選択肢のどれかにあてはめるのです。
ある中学校で使われている「進路コンパス」とはどういうものか、私は全く興味を持てなかったので、見向きもしなかったので中身も見ていないのですが、ある業者から購入し、中学1年用から中学3年用まであると知り、もしや適性検査の類いではないかと疑問を持ちました。
私は、三十数年の教員生活の中で、私が勤務した中学校では一度もこのようなものを使ったことがなかったので、うかつにも「進路コンパス」というものがあること、そしてそれにお金をかけて実施していることを知って、驚いています。
私は、まさか、適性検査みたいなものを行っているなどとは思いもしませんでした。
中身を見ていないので、中身ついて詳細なコメントはできないのですが、早く手に入れて見てみたいと思います。
ただ、インターネットで調べてみると、「TK式コンパス 進路コンパス」(田中教育研究所編)中学生1・2・3学年 1学年 定価590円(用紙290円、診断料300円) 2・3学年 定価各650円(用紙320円、診断料330円)(この商売が成り立っているということは、いくつもの学校でつかわれているのでしょうか。)
「内容・特色」として次のように唱われています。
生徒の自己理解を促し、自分自身でキャリア形成を見通したり、学んだことを振り返ることができる教材
TK式「進路コンパス」は、進路適性や進路調査だけでなく、付属の「進路活用ノート」により、1年生・2年生・3年生と、それぞれの学年にあわせた進路学習ができます。
1年生用は、将来の夢や希望、自分の長所や個性を確認して、進路についてどのように考えればよいのかを学ぶ
2年生用は、自分の特徴や適性について理解するとともに、職業や上級学校の情報を調べ、自分らしい生き方とは何かを考えられるようにする。
3年生用は、自分の特徴や適性、希望する進路情報を確認し、将来の生き方を考え、自分にふさわしい進路を選択する。
…(中略)…
進路について考える力や決定する力を伸ばします。生徒が主体的に望ましい進路を選択し、自分の将来を設計する力を身につけること、自立した自分らしい生き方を選択できる力をつけることが調査の目的です。
「自立」「進路について考える力」「自分らしい生き方」など、美しい言葉が散りばめてありますが、どうなのでしょうか。
中身を検証する前に結論めいた物言いはやめておきますが、この説明の中の疑問点について述べることにします。
一つは、「自分の長所や個性を確認して…」(1年生用)、「自分の特徴や適性について理解する」(2年生用)「自分の特徴や適性…を確認し」(3年生用)と述べていることです。
中学生で、自分の長所や特徴を理解している者がどれだけいるだろうか、ということです。自分の適性を理解している者がいるだろうか、ということです。

「これは自分の長所です」「自分の特徴は○○です」と言える子もいるでしょう。
しかし、言えない子もいるでしょうし、言える子にしても、それが全てか?それが本当か?と自信を持てない子もいるでしょう。
むしろそういう子の方が多いかもしれません。
13~15歳で、「自分という人間の特徴は○○です!」と言い切ってしまうのも恐いと思ってしまいます。
なぜなら、13~15歳といえば、全く〝発達途上〟の只中にいる年代で、自分という人間がどういう人間になっていくのか、自分という人間をどうつくっていくのかという途上にいるからです。
「よくわからない」という回答もごく自然ではないでしょうか。
だから、「進路コンパス」で調査して理解できるようにします、ということなのでしょうか。
だとしたら、ますます恐ろしくなります。300円ほどの調査用紙で、350円ほどの〝診断料〟でわかるとしたら…。「いやいや参考にする」程度です、と言われても同じです。それが自分の特徴や適性を知る参考になるとしたら…。やはり恐ろしい。
もし、この調査・診断で、「自分の能力はこの程度だ」「自分の適性はこんなものだ」と見限ってしまう子が一人でもいたら、その調査・診断は、大失敗だと言わなければなりません。
「診断」はおそらく本人をあたたかく励ますような表現をするのでしょうが、そうだとしても、一人の人間の特徴や適性・個性を、他者が診断すること自体、私は背筋が寒くなる思いをします。
もう一つは、「自分にふさわしい進路を選択する」と述べていることです。
選択可能な〝進路〟が用意してあって、自分にはどの選択肢がふさわしいか判断して選ぶ、ということです。
「進路コンパス」が、選択する力をつけてくれるということでしょうか。
650円でその力をつけてくれるとしたら、ずいぶん効率的でありがたいことかもしれませんが、これまた恐ろしいことだといわなければなりません。
人生の岐路に立って、おおいに悩む年代であるはずです。
〝診断〟してもらってあまり悩まずに済んだ、という子が一人でもいたら、これまた大失敗といわなければなりません。
高校進学も、どう生きていくのか? 何を学ぶか?と悩むのではなく、どこに入れるか?どこだったら受かるか?で悩むとしたら、これまた不幸なことではないでしょうか。
悩み多き年代だからこそ、大いに悩み自分で判断する自立の力を育てる、そのために理性と知性を育て、感性を磨く。
これが学校教育の責務ではないでしょうか。それを第一義的に担うのが、子どもと直接向き合う教師ではないでしょうか。
ここまで考えると、業者頼みの「進路コンパス」は、教師の責任放棄になってしまうのではないか、という疑念が起こります。言い過ぎでしょうか?
私自身は、子どもたちの進路問題にも向き合ってきたつもりですが、「適性検査」のようなものの必要性を感じたことは一度もありませんでした。
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