「進路コンパス」(TK式 中学校用学年別進路適性調査)について
中学3年生用の「進路コンパス」の「調査用紙」を見てみます。
調査A 中学を卒業したら、どのような進路へ進もうと思っていますか。
1~11の中から1つ選ぶようになっています。
選択肢は
- 全日制高校→大学・短期大学
- 全日制高校→専修・専門学校など
- 全日制高校→就職(家の仕事などを継ぐ人も含む)
- 定時制・通信制高校
- 高等専門学校
- 専修学校→就職
- 専修学校→専門学校、大学・短期大学
- 就職
- 進学を決めているが、まだ具体的に決めていない。
- まだ何も考えていない
- その他
調査B あなたは、将来どのような仕事をしてみたいですか。
1~15の分野の中から第1希望、第2希望を1つずつ選ぶようになっています。
15の分野
- 科学・技術
- 情報・通信
- 運輸・輸送
- 農林・水産
- 文芸・芸術
- マスコミ
- 法律
- 行政
- 保安
- 教育・福祉
- 学術・研究
- 医療・看護
- 事務
- 運動
- サービス
それぞれの分野には、例えば 「教育・福祉」なら「幼稚園・小・中・高校教諭、保育士・司書・介護福祉士・社会福祉士・カウンセラー・ホームヘルパーなど」というように具体的な例も示されています。

調査C あなたが好きな教科と得意な教科を1~15の中からそれぞれ2つずつ選び、回答用紙の番号を○で囲んでください。
- 国語
- 地理
- 歴史
- 公民
- 数学
- 理科(物質・エネルギー)
- 理科(生命・地球)
- 英語
- 音楽
- 美術
- 保健
- 体育
- 技術
- 家庭
- 道徳
調査D あなたは今、悩んでいることや心配していることがありますか。
1~15の中からあてはまるものをすべて選び、回答用紙の番号を○でかこんでください。
- 楽しいことや打ち込めるものがない
- 勉強のしかたがわからない
- 勉強が難しくて、授業についていけない
- いくら勉強しても成績が上がらない
- 勉強に集中できない
- 勉強の計画を立てても思うように進まない
- 将来のことを考えると、とても不安になる
- 自分の能力や適性がどんなことに向いているのかよくわからない
- 進路や将来について、自分の希望と親の意見が合っていない
- 自分の体や健康、性格について
- 部活動やクラブ活動について
- 友だちのことについて
- 家族のことについて
- その他
- 特に悩みはない。
調査E あなたは、進路についてどのようなことを知りたいですか。
1~10の中からあてはまるものをすべて選び、回答用紙の番号を○で囲みなさい。
- 自分に合った進路の見つけ方
- 自分の性格や能力(適性)について
- 高校や大学などの種類と、その特色
- 職業の種類や仕事の内容、その職業に必要な能力や適性について
- 希望する職業に就くまでのコース
- 希望する進路先に向いているかどうか
- 進路先についての情報の集め方
- 進路計画の立て方
- その他
- 特に知りたいことはない。
調査Fでは、「旅行やキャンプのレクリエーションを考えたり、準備したりする」「新聞や雑誌、インターネットから仕事の情報を集める」「茶わん花瓶など、オリジナルのガラス製品や陶器を作る」他、全部で35の事がらについて、「好きなことや、やってみたいこと」か「嫌いなことや、やりたくないこと」か「どちらとも言えない」かをこたえるようになっています。

調査Gでは、「みんなで力を合わせるような活動には、あまり参加したくない」「みんなで何かをするとき、自分が先頭になってやることが多い」「うまくいかないことがあると、『もうだめだ』と思うことの方が多い」「友だちが失敗して落ち込んでいても、自分は平気でいられる」「みんなの意見をまとめるのが常時だと思う」など35の事がらについて、「自分にあてはまる」か、「自分にはあてはまらない」か、「どちらとも言えない」かをこたえるようになっています。
調査H~調査Jは、中学卒業後、進学を希望する学校と、その理由を尋ねる質問になっています。
この調査の回答用紙を送って、後日一人ひとりの「診断」が送られてくるのでしょう。
どんな資格のある人が、これだけの回答項目をどう分析して、どのように診断するのでしょうか。
「必ず記入してください」「3つ以内」などと強調されていますので、コンピューターで処理され、AIで診断を導くのかなと想像してしまいます。
私は、この辺のことは詳しくありませんので、よくわかりませんが、このデータを教育心理学者や臨床心理士やそれなりの専門家が分析して診断を判定するとしたら、一人あたりにかなりの時間を要するのではないでしょうか。
そして、それ以前に、大きな疑問が出てきます。
第一に、もし自分だったら、まず、これだけの質問にこたえるということに違和感があります。
自分のプライバシーに関する質問が多いことです。
それを、どんな研究所かもわからず、どんな人がどのように分析するのかもわからないのに、回答用紙に記入する気にはなれません。
思春期の多感な子どもたちはどうとらえているのでしょうか。
疑問を感じないのでしょうか。
「きもちわるい」「おそろしい」と感じるのは、私だけでしょうか。
すなおに応えてしまっているとしたら、その方がおそろしいと私は思います。
第二に、「好きだ」とこたえたこと、「嫌いだ」とこたえたことは、本当かどうかということです。
いまは嫌いかもしれないが一カ月後には好きになっているかもしれません。
あるいは「なぜ数学が好きなの?」と訊くと「先生が好きだから」とこたえる場合も多いのです。
「音楽は好きだけど、音楽の授業は嫌い」という子もいます。「どうして?」「音楽の授業は難しくて点数が悪いから」。
私は社会科の教師ですが、小学校から上がってきた子どもたちに訊くと、多くの子が「社会は嫌い」とこたえます。
「どうして?」「たくさん覚えなくちゃいけないから」。
その後、「社会はきらいじゃなくなった」と言う子が増えたのはありがたいことです。
変化の著しいこの時期の子どもたちに、この質問項目は何の意味があるのでしょうか?

第三に、進学を希望する学校について、その理由を訊く回答の選択肢に、「自分の能力や適性を生かせると思ったから」というのがあるのです。
自分の能力は何か適性は何か、わかっている子がどれだけいるでしょうか。
能力を育て高めていく時期で、自分の潜在能力を知らない子どもが圧倒的多数ではないでしょうか。
このような「適性検査」は、子どもの能力や適性を固定的にみてしまう危険性があると考えざるを得ません。
大人もそう見てしまう危険性があると思いますし、子ども自身が「自分の能力はこの程度だ」と見限ってしまったら、不幸の始まりと言っても過言ではありません。
第四に、だいいち、能力が「5」だとか「3」だとか、数値化できるものなのかということです。
すなわち、他人が人の能力がどれだけか評定できるものなのかということです。
あなたには適性が「ある」とか「ない」とか他人が評定できるものなのかということです。
これは「評価」の問題として後日とりあげるつもりです。
第五に、「将来どのような仕事をしてみたいですか」という質問で、15の分野が示されていますが、それぞれどんな仕事なのか、それぞれの仕事にどんな意味があって、どんなことが問題になっているのか、知っているのかということです。
たとえば「法律分野…裁判官、検察官、弁護士、司法書士など」と書いてありますが、多くの子どもたちにとっては、「聞いたことがある」ぐらいのことで、この職業の重要性、日本の司法制度がかかえている問題など知らない子どもがほとんどではないでしょうか。
第六に、これらの質問項目の中には、もっともなものもあります。
「悩んでいることはなに?」
「将来のことをどう考えているの?」
「進学先の希望は?」など。
しかし、これらの問いかけにたいする子どもの回答を、東京にある何某研究所に送るものなのかといことです。
教室で毎日直接向き合っている教師が、一人ひとりの子どもと、あるいは学級集団の子どもたちと対話して、考えていくものではないかということです。
それが出来ているなら、この検査は不要ではないでしょうか。
第七に、前回述べたように、この調査~診断における「適性」とは、大人が将来の進路先の選択肢を用意しておいて、一人ひとりの子どもの適性がそのどれに適合するかという考え方ではないですか。
一人ひとりの子どもが、9教科の学問や技能や芸術を学び、人間と自然と社会の真実・本質は何かを考え追究し、どう生きていくかを考え、自分の生き方を切り開いていく。
そのために、外側の社会やシステムを変えていく。
誰もが幸せになるために障害になるものがあれば、それを壊し、新たなシステムを打ち立てていく。
幸い、20世紀には、個人の尊厳・民主主義・平和主義の理念という人類普遍の価値観を築いてきました。
子どもたち一人ひとりの生き方を、どこかの選択肢にはめ込んでいくような、狭い「進路」にはしたくないと思います。
学校を、教職員と子どもたちみんなで、夢と希望を語り合い、大切に育てていく場にしたいものです。
ルイ・アラゴンの言葉を!
教えることは、未来を共に語ること 学ぶとは、真実を胸に刻むこと
+宮沢賢治の言葉を!
世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない
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