子どもが主人公の学校に!(6)
「子どもを学校の主人公にする」とは、どういうことか
個人の尊重
国の主人公は国民です。この原則を〝国民主権〟といいます。
憲法前文にも、第1条にも「主権が国民に存する」「主権の存する日本国民」と明記されています。
第11条には「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」と書いてあります。
国民一人ひとりが、すべての人権を持ち、行使することができるということです。
一人ひとりが大切にされなければなりません。
これを、〝個人の尊重〟〝個人の尊厳〟といいます。
すべての人権の土台となる理念です。

日本国憲法第13条 すべて国民は、個人として尊重される。
日本国憲法第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
日本国憲法第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
学校の主人公は、子どもです。当たり前のことですが、子どもたち一人ひとりが主人公だということです。個人として子どもが尊重される、ということです。
一人ひとりがもっている、気持ち・意見・考えが尊重される、ということです。
学校では、生活と学習は概ねそれぞれの学級集団で行われます。
行事は、学級や学年や全校の集団で行われます。
その集団の中で、一人ひとりの気持ちや意見が尊重されるということです。
〝子どもが主人公〟になるには、すべての子どもがそれぞれの気持ちや考え・意見を出し合えるつながり(関係)が築かれなければなりません。
社会力を育てる
教育社会学者の門脇厚司氏は、著書で述べています。
若干の例外はあるとしても、大勢としてみれば、テストの点数を競わせることで学習意欲が高まり、学力を向上させることはない。(門脇厚司『社会力を育てる』P.165)
同書で引用された橘木俊詔『日本の経済格差』」によると、経済格差が「テスト学力」の格差を生み、「同学歴水準を持った夫婦の子供は、親と同じ学歴水準を持つ可能性が高いことを考慮すると、階層の固定化につながっているともいえる(前掲書P.47)
そこで門脇氏は、次のことが肝要であると、提起しています。
社会力を育てることによって、すなわち人と人との「つながり」をしっかり築くことによって「互恵的協働社会」を実現すること(同書P.48)
教育のあり方についての考え方を変えることである。発想を大きく転換することである。
- 互いに違い(格差)を違いとして認め、その上で互いの関係を良くすること、
- 良き関係の中で互いに助け合い生きていくこと、
- そうすることを当たり前のこととして生きていく人間を育てること、である。
そのような人間にすべく、教育によって育てなければならないのが社会力なる資質能力であり、そのような人間によってつくられるであろう社会が互恵的協働社会となる (同書P.51)
そして門脇氏は、「社会力が学力を高める」と強調しています。
社会力を育てることが他者への関心を高め、他者への理解を深め、他者との相互行為を巧みにし、人びととの関係をよくし広げることになる。そして、そのような人間関係の中で生きていることが生きる喜びとなり、自分に対する自信につながる。さらに、それによって、身近な他者のみならず、人間がつくりそこで生きている社会の様々なことについての関心、あるいはそれらについて考察する力や想像力などが高まる。ひいては知的好奇心と学ぶ意欲も高まり、物事に取り組む前向きな態度が形成される。また、そうした一連の人間形成の過程が、脳の神経細胞(ニューロン)をつなぐネットワークを緻密にし、脳の機能を高めることになる。そのことが、教科の理解度を向上させ、結果として、テスト学力のみならずPISA型の学力までも高めることになる。(同書P.177)

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