実践

自治をめざすクラスづくり(5)

係を決める㊤

係活動の意味

毎日、学習し生活するクラスの仕事を班で分担して行うのが係活動です。

係には、必ずやらなければならない実務的な仕事と、文化的創造的な仕事とがあります。
実務的な仕事には、朝出席を確認する、授業の初めと終わりに号令をかける、毎時間黒板をきれいする、牛乳を運んできて配り飲み終えた牛乳パックとストローを回収する(私が勤務していた神奈川県ではほとんどの市町村で中学校の給食はなく牛乳だけが出されていました)。
帰りに教室の戸締りをする、教科の先生に明日の授業で持ってくるものや連絡事項を聞いてみんなに伝える等の仕事があります。

クラスの生活と文化を高めていくには、実務的な仕事だけにとどまらず、文化的創造的な活動をいかに生み出していくかが大切です。

私は、1970~80年代には文化的な活動も入れていきました。
例えば、歌声係、図書係、レク係、学習係など。
歌声係は、毎週歌う歌を決め帰りに会で歌う。
図書係は学級文庫をつくり本を紹介する、レク係は「学活」の時間のレクレーションを企画運営する。
学習係は朝自習の時間にやる練習問題をつくり、帰りの会で答え合わせをやる等。
その頃は、朝の会が10分、帰りの会が20分あり、こういうことができました。
しかし、その後、授業時間が増えて1単位時間が50分になり、朝の会が5分、帰りの会が10分となり、文化的創造的な活動はできなくなりました。

(朝の会と帰りの会の重要性については後に述べます)

班係か個人係か?

たとえば、号令をかける係、黒板をきれいにする係、教科連絡をする係など、〝1人1係〟と称して個人で請け負う方式でやる先生方も多いと思います。
これがダメというわけではありませんが、どちらの方が、子ども同士の関係を築くことができ育つのかという問題です。

たとえば号令係がAさんになった場合、号令をかける仕事はAさんが全責任を負うことになります。
Aさんが大きな声を出すことが苦手でも、号令をかけるのを忘れても全責任はAさんが負うことになります。
「きょうはAさんが号令係だった。Aさんは声が小さい。Aさんのせいで授業の初めと終わりの締まりがわるかった。しょうがないなあ」でおわりです。
Aさんは、みんなから責められているような圧力を感じ、自信をなくし、気を弱くして家路に着くかもしれません。
Bさんが数学の教科連絡係になり、連絡に行くのを忘れてしまったら、「忘れていました、すみません」と慌てて職員室へ行くしかありません。
「Bさんのせいで帰りの会が遅れてしまった」と言われ「すみませんでした」と謝って終わりです。

私は、班で請け負うことで、協力し助け合う関係を築きたいと考えます。
私は、たとえば号令戸締り係という係を提案します。
班の話し合いや班長の指示で、大きな声が出せない子は、戸締りの仕事をやってもらえるようにします。
あるいは2人で号令をかけるということもできます。
そして、大きな声が出せないAさんでも、本人の納得の上で○○の時間だけ号令をかけてみる、とチャレンジしていくこともできます、班で請け負うことによって、子ども同士の関係を築き、助け合い育ちあいができるようになります。
教科連絡係になった班は、班長を中心にみんなで明日の時間割を確認することができます。
「数学の連絡、行っていない?」「じゃあオレ行ってくるよ!」等と助け合うことができます。

というわけで私は、班係のシステムの方が、教育上すぐれていると考えています。

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