教育の目的(4)
三上満氏は、〝自己中心性をぬけ切る〟というテーマで、もう一つ、王選手のエピソードを述べています。
紹介しましょう。
他人の喜びを自分の喜びにできるか —-自己中心性をぬけ切る
君はチームのことを考えられるか ~王選手の笑顔~
自立へのあゆみの中にある私たちが、どうしてもやらなければならない大切な課題がある。
それは、自分中心性をぬけ出すということだ。
「自分中心性をぬけ出す」? 何かややこしいことのようだが、読んでいくうちに、きっと君にもはっきりわかってくるだろう。

だいぶ前の、巨人―ヤクルト戦のときのことだった。
ちょうどヤクルトが優勝し、巨人が最下位になったときのことだった。
その時はたしか、3対3の同点だった。
ヤクルトの攻撃、ワンアウトでランナーが一塁、三塁にいた。
次のバッターが、一塁線にスクイズバントをした。
巨人の一塁手は猛烈につっこんできて、球をとってホームへ送った。
ところが、この球が大暴投になって三塁ランナーはもちろんホームイン、一塁ランナーも三塁へ行き、バントしたランナーもまた二塁へ行ってしまった。
そして次の打者がヒットして、いっぺんに三点入れられた。
そして、その一塁手がベンチに帰ってくるとき、相手側のベンチからも観客席からもすごい悪口がとんだ。
「それでプロか、何億円もらってるんだ。お前は」彼はじっと口惜しさをかみしめてベンチに帰った。
彼の表情を、のちにベンチのアナウンサーが伝えていたが、じっとベンチの壁にもたれてスパイクで何回も壁をけっていたそうだ。
そして、次に打順が回ってきたときには、「よし、行くよ」と、いつもの明るい顔になって、バッターボックスに入った。この一塁手というのは、いうまでもなく、王選手だ。
自分が失敗をして、さんざん、やじられて、ふつうならカリカリくるところだ。
それをじっとおさえて、チームのため一番やらなければならないことをやった。
ところが、その翌日にまた、巨人―ヤクルト戦があった。
この時のピッチャーは外人のR投手だった。
R投手は四回に集中打をあびると、カッカ、カッカとむきになりだした。
だから、よけい変な球を投げてまた打たれる。
よけいカッカ、とくる。
今度はフォアボール、デッドボールがつづいて、とうとう長島監督がたまりかねて出てきて。
投手交代をつげた。
そしたらグローブをたたきつけ、つばをはきちらして、ワァワァわめいて、その姿をカメラマンが追ったら、そのカメラマンにまでつかみかかった。
それをテレビが写していた。
私はそれを見ながら、人間の出来が違うなあと思った。
チームのために、自分がいちばんやらなければいけないことをつかみだした王、それを交代させられると、頭にきてわめき散らしたR投手、〝自己中心性〟ということと、それを〝ぬけ出す〟ということがどういうことか、君にもわかってきたことだろう。
(三上満『きみは青春をみたか』より)
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