子どもが主人公の学校に!(2)
合唱の力に確信をもって!
S中では、〝荒れ〟に対して〝愛感連〟の合唱によって、学校の空気を変えていきました。
毎年実施していた体育祭、合唱祭もそれなりの盛り上がりを見せ、各クラスの子どもたちが、優勝をめざして、それなりの感動を作り出していました。
全校行事で子どもたちの力を引き出し、学級集団でよりよい文化を築き、子どもたち同士が互いに高め合う関係を築くなかで、〝荒れ〟やいじめや暴力を克服していけることを確信しました。
行事、とくに質の高い合唱をつくることが、いかに力をもつか、子どもたちも教職員も実感したことでしょう。
体育祭と合唱祭は、欠かすことのできない行事になりました。

合唱に力を入れ、なんとか〝荒れ〟を乗り越えて落ち着きをとりもどし、感動の合唱祭を行っていたころ、それは私がS中に赴任してちょうど10年目、町内のもう一つの中学校、A中へ異動になりました。
それがまた、荒れていたのです。学校ぜんたいが騒然としていて、落ち着いて授業ができる状況ではありませんでした。
ある先生が、私に尋ねました。
「S中は、合唱でどのクラスもしっかり声を出して、いい合唱祭になっているそうだが、みんなが声を出して歌うようにするには、どうしたらいいんでしょうか? 」
「声が出ないんですか?」
「そうなんですよ。とくに男子が声を出さない」
「その気にさせるしかない」
「へえ…」
「いい合唱にしたいと思っている子が必ずいます、一人や二人。その子といっしょに歌って、声を出す子を一人二人と増やしていくんです」
「できますか?」
「子どもたちは、心の底では歌うことが好きなんです。そこに確信をもつ。毎日練習し、声を出す子が一日に一人増えれば、五日で五人! 練習が終わったら、指導部会(合唱委員、指揮者、伴奏者、パートリーダーで構成)をやって、少しでもよくなったところを評価しながら、励まし合い、次の日の目標を決めていく」
「なるほど」
先生たちが「合唱ができるように、なんとかしたい!」と思っている。
合唱の力を信じている。
合唱を重要な〝武器〟の一つとして、荒れを乗り越えたいと思っている。
まず、それがあれば、大丈夫だと思いました。
しかし、教育は一筋縄ではいきません。
思い切った提案
A中は、規模が大きく、学年7~8クラス、全校で1000人。町に800人収容できるホールがあるのですが、保護者に来てもらうことを考えても、ホールではできません。
やむを得ず、体育館で合唱祭をやっていました。(体育館は大きく造ってありました)
その年の合唱祭。
ぎゅうぎゅう詰めの体育館で行われました。
私は1年生の担任でした。1年生はどのクラスも元気よく、声を出して歌いました。
しかし、2年、3年と学年が上がるごとに声が出ないのです。
学年ごとに、「1位、2位、3位」と審査、表彰されるのですが、先生たちが心配していた通り、3年生は舞台に立って歌っているようなのですが、ほとんど声が聞こえません。
かろうじて声が聞こえたクラスが「優勝」。
私は愕然としました。
いっしょに聴いていた学年主任のY先生と、顔を見合わて、「こりゃあダメだ!」「3年生がこれでは学校はよくならない!」
1年の職員で話し合って、出た結論は、「最上級生の3年生が範を示すことができなければダメだ」「そこで、次のことを職員会議に提案する。」
「体育館では、声が響かない」「思い切って、来年は学年別の合唱祭にして、ホールでやることにする。どの学年も声を出して合唱ができるようになったら、全校でやることにもどす。」
現状から考えると、この思い切った提案に同意せざるを得なかったのでしょう。
この提案が了承されました。
その年の1年生は、どのクラスも優れた合唱をつくり、合唱好きの学年に育ち、3年生になると。
3年生を送る会などで、圧巻の合唱を演奏できるまでなりました。
卒業式での〝卒業生の歌〟でも感動の合唱を披露しました。

当たり前のことですが、学校は最上級生で決まる!
3年計画で、学校の雰囲気は、ガラリと変わりました。
子どもを主人公にした合唱祭で、学校は変わりました。合唱は、合唱祭だけでは終わりません。
3年生を送る会でも、新入生歓迎会でも、歌います。
3年生が最も優れた、感動の合唱を聴かせます。
〝荒れ〟は影をひそめてしまいました。
子どもを主人公にした、感動の行事をつくりあげることが、いかに重要か実感しました。

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