子どもが主人公の学校に!(18)
卒業式を変える①
中学3年間の締めくくりの行事 〝卒業式〟
入学式・始業式から始まる中学校の1年間・3年間。
A中では、授業を中心とした日常の活動の中、各学期に行事を挟み込んで、自主的・自治的な学校づくりを進めてきました。
述べてきたように、ほとんどの行事は、原案が各学級の討議に付され、学級委員会で採決され、取り組まれていきます。
子どもたちは、「自分たちで決めた」という実感があるので、決めたことを実現しようとする意欲が高まります。
入学式は、新入生代表が中学校生活への決意を述べ、それに対して生徒会長が歓迎の言葉を述べ、生徒会本部と職員が校歌を披露する程度です、数日後には生徒会主催で、〝新入生歓迎会〟が開かれ、2・3年生が学年合唱で新入生をあたたかく迎えます。
合唱祭で課題曲になった歌を学年合唱にしますので、その曲は学年全員が歌える〝持ち歌〟になります。
すなわち、1年生で1曲、2年生は2曲、〝持ち歌〟になります。新入生歓迎会では、その〝持ち歌〟(2年生は1曲、3年生は2曲)と短い群読で新入生を迎えるのです。
新入生は、いきなり2・3年生の感動の合唱を聴くことになります。
緊張がほぐれ、温かい気持ちになること間違いありません。
A中では3年生になると、「大地讃頌」を歌うのがひとつの〝伝統〟になっています。
この曲は混成四部合唱で、歌詞と共に3年生ならではの曲だからです。
「大地讃頌」が合唱祭で3年生の課題曲になり、同時に学年合唱曲になります。
これも、あくまで合唱祭の原案に盛り込まれ、毎年子どもたちの討議で決まることです。
2013年度の合唱祭では、3年生の学年合唱は「大地讃頌」、課題曲は別の曲になりました。
3年生は〝持ち歌〟を4曲に増やしたのです。
卒業式をどうする?
さて、3年生にとっては、新入生歓迎会~修学旅行~体育祭~合唱祭~3年生を送る会と繋いで、文化の質と感動を高めてきたのですが、最後の行事は卒業式です。
「卒業式」といいますが、正式には「卒業証書授与式」。
卒業証書を授け与える式。
誰が? 学校長が!?

私自身が中学生の時、卒業式はずいぶん堅苦しいもので、最初から最後まで緊張していた記憶しかありません。
在校生代表からの「送辞」、それに応えて卒業生代表の「答辞」、卒業生の歌の定番といえば「仰げば尊し」。
私が赴任したS中でもA中でも、初めは同様でした。しかし、少しずつ卒業式も変化していきました。
卒業生の歌には、「こんな素敵な歌もありますよ」と提案してくれた教師がいました。
そして採用されたのが「巣立ちの歌」。
しかし、その他は変わりませんでした。
小学校に学んで
一方、小学校の卒業式は、いつ頃から大きく変わったのかは分かりませんが、少なくとも私が勤めていた近隣の小学校では、(逐一調査したわけではありませんが)〝フロア形式〟で卒業式を行う学校が当たり前になっていました。
そして、子どもを主人公にするプログラムと演出が施されています。
例えば、私の子どもが卒業した小学校では、卒業生が一人ずつ舞台から現れ、中学校に進学する抱負を述べ、フロアに並びます。
卒業証書はそのフロアで校長から手渡されます。
校長や来賓の言葉の後、5年生全員による合唱と群読、それに応えて卒業生の合唱と群読。
会場ぜんたいが大きな感動に包まれ、緊張感の中にも、温かく和やかなアットホームな空気が流れます。
学校を代表する校長が壇の上、卒業生は壇の下、卒業の資格は身分の上の校長から、下の子どもに授け与えるもの。
これが明治以降の考え方だったのです。1890年に発布され、教育の主柱とされた教育勅語では、教育の目的は天皇と国家に尽くすこととされたのです。
戦後、民主的な日本国憲法と教育基本法が定められましたが、学校にも戦前の国家主義教育の残滓がいくつも残っていたのです。
欧米諸国では、入学式も卒業式もないそうですが、フロア形式の感動的な卒業式を見ると、小学校6年間(中学校3年間)学んできた集大成として、子どもを真に主人公にした卒業式はあってしかるべきだと思いますし、そういう卒業式こそ創造すべきだと思います。
3年生が3年間の学習を成し遂げ卒業をする式=3年生が卒業する式=3年生の卒業を祝う式=卒業式とよぶのがごく自然だと思い、職員会議で何度も「卒業式」の呼称がいいのではないか、と意見を述べたのですが、校長は頑として「卒業証書授与式」の呼称に拘泥しました。

思い切った提案
A中では、子ども主人公にする学校づくりを進めてきましたが、少なからぬ教師たちが旧来の卒業式に違和感を抱くようになってきました。
そして、職員会議に「小学校に学んで、フロア形式の卒業式にしませんか」と提案したのです。
もちろん、具体的なフロアでの並び方、プログラム、会場設営などの案を示して。
「卒業生が3年間の集大成として活躍する場にしよう!卒業生が主役の〝最後の授業〟にしよう!」と。
校長を含め圧倒的多数の賛成を得て、フロア形式の卒業式にすることを決めたのです。
子どもを主人公にする卒業式に、異論はありませんでした。
遠足で、キャンプで、体育祭で、合唱祭で、3年生を送る会で、子どもたちが生き生きとし、優れた文化を創造していったことで、教師たちも変わってきたのだと思います。
1995年度(1996年3月の卒業式)のことです。
(つづく)

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