経験談

子どもが主人公の学校に!(30) 【いまこそ学校に希望を292】

子どもが主人公の学校に!(30) 卒業式を変える(13)

子どもたちが求めたもの

~卒業式を変える取り組みで見えてきたもの~

子どもたちは、ホンモノを求めている!

~子どもを信じきること~

卒業式は、〝子どもたちが卒業する式〟だから、「子どもたちが自分たちで創造する式にしよう!」
子どもたちが受け身になる式にはするまい、と私たちは思いました。
まだ不十分な部分を残しながらも、子どもたちの自治的活動を重視するということを貫いてきたつもりです。
それは、子どもたちの自治を広げ高める中でこそ子どもたちは育っていくという確信になりました。

卒業式で歌う合唱曲は、いままで学年で歌ってきた合唱曲でいいだろう。
練習時間が短いなかで、それが妥当なところだろうと高をくくっていました。
ところが、子どもたちは、「○○を歌いたい!」
「○○○も歌いたい」と主張し、わずかな練習時間でも、見事にやり遂げていきました。
教師側から「この程度でいい」「こんなものだろう」と、限界線を引いてはいけないことを思い知らされま
した。
(私が3年生を受け持った、2011年の卒業式でも、2014年の卒業式でも、初めに想定してい
た合唱曲とは違う〝新曲〟を2曲も3曲も歌うことになり、それを見事にやり切りました。)

子どもたちの中に、〝みんなで本当にいいものを創りたい!〟〝みんなで感動を作りあげたい!〟そのためには妥協を許さない、という団結心がいつのまにかできていたのでしょう。

卒業式が終わった時の、溢れる感動は筆舌に尽くし難いものになりました。

子どもたちは、みんなで力を合わせ、本当にいいものを創りたいと思っている。
ホンモノの感動を生み出す力をもっている。
私たちは、その無限の可能性を信じなければならない。

子どもたちは、大人の社会の悪影響も受け、時に過ちを犯すこともあり、その時には毅然と正義
を貫くことが必要です。

しかし、子どもたちが本来持っている、人間らしい純粋な温かい心を摘み取るようなことはして
はなりません。
子どもたちの、自由に無限に伸びようとする心に全幅の信頼を寄せたいものです。

教師が一定の枠をつくり、子どもたちを縛ってしまうことが往々にしてありますから。

子どもたちは本来、みんなで力を合わせ、助け合う関係を築きたいと願っているのです。
そこに国家とそれに煽られた大人たちが、子どもたちを分断させているのではないでしょうか。

学校が教師が、子どもたちと共に、子どもたちを競争に追い込む新自由主義と闘い、子どもたち
の守り手にならなければならないと強く思います。

とくにこの国では、憲法や子どもの権利条約が蔑ろにされ、真の民主主義教育がかなり蝕まれて
いる状況がありますから。

〝子どもたちを再び戦場に送らない!〟という、戦後民主主義教育の原点が危くなっていますか
ら。

いまこそ、その教育の原点に立ちかえるときではないでしょうか。

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