教育情勢

教育に自由を(7)【いまこそ学校に希望を309】

教育に自由を(7)

学習指導要領の「法的拘束性」?

「学習指導要領には『法的拘束性』『法的拘束力』があるから従わなくてはならない。」と繰り返し言われてきました。
誰に? 私が直接聞いたのは、教育委員会です。
文部科学省がそう言うからでしょう。
しかし、文部科学省が出す「学習指導要領」には、「告示」と書いてあるだけです。

告示…「国家・地方公共団体などが広く一般に向けて行う通知。また、その一形式。」
(広辞苑)
 
日本国憲法・前文に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…」と書いてあるとおり、国民の代表である国会議員が十分に審議して決めた法律には、国民にたいして拘束力があります、しかし、憲法に反する法律は効力がありません。

「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」(日本国憲法第98条)

「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」(日本国憲法第41条)

法律を定めることができるのは国会だけです。
学習指導要領が法律案として国会に提案され、審議されたことは一度もありません。
さすがに文科省も学習指導要領が法律として定められ、教育活動を拘束するのは、教育にはなじまないと考えるのでしょう。

学習指導要領には、1年間の授業時間数、各教科の時間数、1単位授業の時間(中学校は50分)、各教科の学習内容など事細かく定めています。

学習指導要領は、文部科学省の「告示」であって、法律ではありません。
文科省も「教育課程の基準を大綱的に定めたものである」と述べています。
学習指導要領を定めるにあたって、文科省の諮問機関である中央教育審議会の「答申」を受けて作成する段取りになっていますが、そのメンバーの多数は、政府・文科省の方針に賛同している人で、批判的な人は、いても少数でしょう。
現在の中教審のメンバーには、小中学校現場の教職員は1人もいません。
その審議が、教育現場の教職員や子どもたちの声を十分に反映したものになっているとは思えません。

その証左に、子どもたちは、学習内容が増え、全国学力テストを強制され、点数競争に追い込まれ、学校が楽しく学び、生き生きと文化を創造する場ではなくなり、息苦しい窮屈な空気が支配しています。

学習指導要領を金科玉条のように振り翳すのは、やめるべきです。
同時に、法律ではないのですから、罰則もありません。
現に、以前とりあげたように、公立の小学校でも学習指導要領に書いてあるとおりにはやらず、オリジナルなカリキュラムをつくって学校づくりに取り組んでいるところもあるのです。
私自身、社会科の授業では、学習指導要領に書いてあるようにはやってきませんでした。
取り上げる歴史上の出来事や人物を自分で選定して授業をやってきました。
教科書を使わなかったこともありました。
何のお咎めもありませんでした。

なぜ、教育のプロであり、現場に立つ教職員にもっと任せないのでしょうか。

教師はよく子どもに言います。
「自分で考え、自分で判断しなさい」
〝上意下達〟から卒業し、自分のアタマで考えて判断したいものです。

そうできるシステムに変えていかなければなりません。
教育は(教育も)国が管理統制するものではありません。 

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