教育思想

自治をめざすクラスづくり(88)きみにとって学校とは⑤

きみにとって学校とは(5)

りっぱな行ない

アミーチス著、柴田治三郎訳『クオーレ(愛の学校)』より

けさこそガルローネがどんな人か、よくわからせてもらえた。
ぼくが教室にはいっていったとき~ぼくは二年のときのぼくの女の先生に呼びとめられて、何時にうちへ来たらみんなに会えるかなどときかれたので、ちょっとおくれたのだが~先生はまだお見えになっていなかった。
そして三、四人の生徒が、かわいそうなクロッシを、赤い髪の毛をして、片手がきかず、お母さんが野菜を売っているあのクロッシを、いじめていた。
定規でつっつきまわしたり、顔に栗のからをぶっつけたり、片腕を首につるまねをして、片輪だの化け物だのと言っていた。

クロッシはたったひとり、机のすみっこでまっさおになって、どうかほっておいてくれと、たのむような目をして、やつらをひとりひとり見つめながら、聞いているだけだった。
ところが、やつらは図にのってばかにするので、とうとうクロッシは、いかりのため、からだがふるえ、顔が赤くなり始めた。

すると、いやらしい顔をしたフランティが、急に机の上にとびあがり、両腕にかごをふたつかかえているかっこうをして、学校の戸口まで息子を迎えに来ていたころの、クロッシのお母さんのまねをした。
お母さんは、いまは病気なのだ。
おおぜいが、どっと笑い出した。
そこでクロッシはカッとなり、インキつぼをひっつかんで、フランティの頭をめがけて、力まかせに投げつけた。
ところが、フランティはすかさず頭をさげたので、インキつぼは、そのときちょうどはいってきた先生の胸にぶつかった。

みんなは自分の席へ逃げかえったが、おそろしくて、だまってしまった。

先生は、まっさおになって、ご自分の小机のところへあがり、いつもとはちがった声で、たずねた。

「だれだ?」

だれひとり答えるものがない。

先生は、さらに声をはりあげて、もう一度叫んだ

「だれだね?」

そのとき、ガルローネはかわいそうなクロッシに同情する気持ちで、さっと立ち上がって、

「ぼくです!」と、きっぱり言った。

先生はガルローネを見つめた。そして、あっけにとられている生徒たちを見つめた。それから、おだやかな声で言われた。

「きみではない」

そして、ちょっとたってから、

「やったものには罰を加えない。立ちなさい!」

クロッシが立ち上がって、泣きながら言った。

「みんながぼくを,打ったり、ばかにしたりするんです。だから、ぼくはカッとなって、投げたんです」

「おすわり」と先生は言った。「クロッシを怒らした者は立ちなさい」

四人の生徒が、頭をたれて、立ち上がった。

「きみたちは」と先生は言った。「きみたちはなんにもしていない友だちをいじめた。ふしあわせな者を、ばかにした。自分を守ることのできない弱い者を、打った。人間としての名誉がけがされる。いちばんいやしい、いちばんはずかしい行いをしたのだ。卑怯者たち!」

こう言うと、先生は、生徒の机のあいだにおりてきて、顔をうつめけて立っていたガルローネのあごに手をあてて、その顔もちあげ、目をじっと見つめながら、言われた。

「きみは、心のけだかい人間だ」

ガルローネは、このときとばかり、先生の耳もとでなにかつぶやいた。すると先生は、わるいことをした四人の生徒の方にふり向いて、あらあらしく言った。

「きみたちを、ゆるしてあげよう」

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