経験談

新しい年に(2) 【いまこそ学校に希望を251】

新しい年に(2)

新自由主義教育の軛から教職員と子どもたちを解放し、

真に子どもたちが育つ学校をつくっていくために②

なんだ、これは?(2)

M中学校で、私が30数年の教員生活で経験したことがないような、「アレ?」と、不思議に思うことが次々に出てきました。

前回(250)は、「無言入場」「無言退場」について述べました。

不思議に思ったことの、一つひとつについて分析、考察することは後にして、今回は、その事実を羅列しておくことにします。
以前に取り上げたことも出てくると思いますが、重複をお許しください。

  1. 無言入場、無言退
  2. 黙想~無言清掃
  3. 校歌合唱
  4. 文化祭でのクラス合唱・学年合唱とその練習
  5. 卒業式
  6. 朝の会と帰りの会
  7. 生徒会の委員会、委員長と副委員長の決め方
  8. 生徒会の組織のあり方
  9. 生徒会本部役員の組織について
  10. 修学旅行などの行事の実施計画の立てかた(決め方)
  11. 適性検査
  12. QU
  13. 3年生の定期テスト「総合テスト」
  14. 各教科の練習問題集
  15. 業者テスト(学力検査)
  16. いじめ問題への対応
  17. 「学びの共同体」の取り組み
  18. 校則
  19. 職員会議
  20. 数々の外部講師による講演会
  21. 学級づくり
  22. タブレットの多用
  23. その他(あるかもしれません)

たくさん羅列してしまいました。

はじめは、これらの現象が出てくる度に、「なんだ、これは?」「こんなこともあるんだ!」「これも不思議だ!」…と、感心していました。

2年目になって、これらの現象(事柄)に、貫かれているものが見えてきました。

結論からいうと、学校全体が、効率、マニュアル化、市場原理の導入、点数主義、競争主義を特徴とする、新自由主義教育と、徹底した(しかも一見ソフトな)管理主義に覆われていると、私は見ています。
しかも、問題を難しくしているのは、教員たちがよくまとまっていて、全く悪意がなく、善かれと思ってやっておられることです。
全く疑問をもつことなく。

私自身、最近になっても、まだまだ先入観・思い込みに縛られているなあと感じることが多く、例えば授業についても「本当にこれでいいのか?」「この認識は間違っていないか?」と自問自答する毎日です。
思い込みと馴れは、本当に恐いと思います。

新自由主義に侵されているという、私の認識が間違っていなければ、この事態を放っておくと、鈴木大裕氏が警鐘を鳴らしている、公教育の崩壊の道を突き進むことになります。

公教育の役割は、全ての子どもを「人格の完成」を目的として、人間らしく育てることですが、子どもたちの中に分断が持ち込まれ、不登校やいじめ問題は減らず、学力格差は縮まらない、という状況に陥るのではないかと懸念されます。

いま、日本の教育が大きな岐路に立たされていると思うのですが、M中学校がその真っ只中にいりような気がしてならないのです。

新しい年に、新自由主義教育に抗して、M中学校にまっとうな教育を取り戻せるか、茨の道に踏み出さなければなりません。

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