8月6日 広島 原爆の日
子どもたちといっしょに読みたい
平和への誓い
いつかはおとずれる、被爆者にいない世界。は
同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります。
原子爆弾が投下されたあの日のことを、思い浮かべたことはありますか。
昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分。
この広島に人類初の原子爆弾が投下され、一瞬にして当たり前の日常が消えました。
誰なのかわからないくらい皮膚がただれた人々。
涙とともに止まらない、絶望の声。
一発の原子爆弾は、多くの命を奪い、人々の人生を変えたのです。
被爆から80年がたつ今、本当はつらくて、思い出したくない one記憶を伝えてくださる被爆者の方々から、直接話を聞く機会は少なくなっています。
どんなに時が流れても、あの日の悲劇を風化させず、記録として被爆者の声を次の世代へ語り継いでいく使命が、私たちにはあります。
世界では、今もどこかで戦争が起きています。
大切な人を失い、生きることに絶望している人々がたくさんいます。
その事実を自分のこととして考え、平和について関心をもつこと。
多様性を認め、相手のことを理解しようとすること。
一人一人が相手の考えに寄り添い、思いやりの心で話し合うことができれば、傷つき、悲しい思いをする人がいなくなるはずです。
周りの人たちのために、ほんの少し行動することが、いずれ世界の平和につながるのではないでしょうか。
One voice たとえ一つの声でも、学んだ事実に思いを込めて伝えれば、変化をもたらすことができるはずです。
大人だけでなく、子どもである私たちも平和のために行動することができます。
あの日の出来事を、ヒロシマの歴史を、二度と繰り返さないために、私たちが、被爆者の方々の思いを語り継ぎ、一人一人の声を紡ぎながら、平和をつくり上げていきます。
2025年8月6日
子ども代表
広島市立皆実小学校6年 関口千恵璃
広島市立祇園小学校6年 佐々木駿
佐々木さんは、幼少期から身に付けた英語を使い、小2の時から平和記念公園で訪日外国人に原爆の歴史を伝えるガイドを続ける。二度と核兵器が使われないよう、被爆地と世界の「平和の架け橋」になりたいと思う。

「核があれば戦争を防げると思っていたけれど、あなたの話で考えが変わった」。佐々木さんがガイドを務めた米国人男性の言葉だ。被爆者である曽祖母の話に涙する人も多く「一人の力は小さいが、伝えることで人の心を動かし、平和の輪を広げていける」と力づけられた。
曽祖母は12歳の時、爆心地から1.5㌔地点で被爆し、黒い雨に打たれた。乳がんと大腸がんを患い、69歳で亡くなった。差別を恐れ、被爆者であることを隠し続けたという。「戦争の本当の怖さは、終わっても続く人々の苦しみ。二度と核兵器を使ってほしくない。戦争を止める助けになるような平和への架け橋になりたい」と語った。
関口さんは、ロシアが侵攻するウクライナから母と3人で避難してきた姉妹と友人になった。姉妹の父は母国に残っており、関口さんは大切な家族との日常を奪うのが戦争だと考えるようになった。「核兵器は国が主張を突き通し、威嚇するための道具、世界の主導者に争いではなく違いを認め、話し合って解決する大切さに気付いてもらいたい」
(2025.8.7 信濃毎日新聞)

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