子どもが主人公の学校に!(15)
民主主義の手続きと内実
「子どもが主人公の学校にする」ということは、言い換えれば、「民主的な学校にする」「学校に民主主義を貫く」ということです。
「子どもが主人公だ」と言いながら、実は教師(教師集団)が決めて子どもたちに押し付けていたり、子どもたちを管理統制して自由を認めていなかったり、ということが往々にしてあります。
前回述べたように、A中に10年ぶりに戻ってきたら、授業が成立していない無秩序の状況でした。

合唱祭について、「あれ?」と思ったことがありました。
以前は、クラス合唱は、課題曲と自由曲があって、各クラスは2曲歌っていたのですが、課題曲がなくなっていたのです。
大きな変更ですが、子どもたちに諮ったのでしょうか。
真相は追及しませんでしたが、子どもたちに諮った形跡はありません。
「2曲は大変だから」と教師側が一方的に変えてしまった可能性があります。
「子どもを主人公にする」ということは、行事を含め学校の生活・活動全般について、子どもたちが話し合って決定する権利が保障されているということです。
どこまでその権利を保障するかは、子どもの発達段階によるのでしょうが、中学生になればかなりの部分で保障することが可能ではないでしょうか。
ですから、ドイツ、オランダなどでは、学校のカリキュラム編成についても生徒が意見を表明することができます。
その点では日本は後進国で、多くの学校で子どもの決定権は非常に〝狭き門〟となっていて、カリキュラムはおろか、校則さえ決められないのが現実です。
A中では、体育祭や合唱祭については、教師が原案を作成し、各クラスの代表が集まる議決機関である学級委員会+体育委員会(合唱委員会)に提案し、各学級の討議におろし、賛否を問います。修正案の提案も認めます。
遠足・キャンプ・修学旅行などの学年行事は、教師原案を各学級討議にかけ、拡大班長会(各学級の学級委員+班長会)を学年の議決機関として、議決します。修正案が出され、可決されたこともあります。
A中の合唱祭に話を戻しましょう。
課題曲を復活させる案を教師案として提案しましたが、合唱委員会+学級委員会は、「2曲は大変だ」という理由で否決。
3年目でやっと可決し、課題曲が復活しました。
この討議を〝シャンシャン〟ではなく、丁寧に行い、子どもたちが〝自分たちで決めた〟ものにしなければなりません。

原案に書くのは、おもに次のことです。
- 学校(学年・学級)の現状分析
- 目標(学校をどう変えるか)
- 日程
- 準備(練習)計画
- 組織
②については、子どもの意見を盛り込むことが大切ですので、提案を「学級委員会+教師集団」とすることもあります。
行事が終わったら、その行事を日常や次回に生かすことが大切ですから、子どもたちへのアンケートなども実施して「総括案」をつくり、各学級で討議し、学級委員会で議決します。

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