戦争

戦争と平和について考える8月(3)【いまこそ学校に希望を301】

戦争と平和について考える8月(3)

前回から少し空いてしまいました。
テンポを上げようと思っていたのに。
15日(敗戦の日)頃から急に歯が痛くなり、また同時に頭も痛くなり、新聞も本も読む気力がなくなってしまいました。
30数年ぶりに歯医者に行き、診てもらいました。
虫歯ではない、歯茎の炎症だということでした、歯が痛いと思っていたのは、歯茎だったんですね。
そういえば冷たいもの飲んでも熱いものを飲んでも沁みるということがなかったのです。
30数年ぶりに診察台に座ってずいぶん昔と違って、進化してるんだなと思いました。(ところが、「あなたが行った歯科医はそれでも旧式だよ」と言われましたが…)

さて、長崎原爆の日についてから。

鈴木史朗長崎市長の「平和宣言」

まず13歳で被爆した故・吉田勝二さんの証言を紹介。
「爆心地の方に向かうと黒焦げで炭化した人、目が飛び出ている人、内臓が飛び出した人、手足がない人たちが右往左往していた。浦上川にたどり着くと、ここも焼けただれた多くの人が、油と血と汚れた水、その水を飲みながら次々に亡くなっていった。私は全身血だらけ、皮膚は剥がれ体の下の方にだらりとぶら下がっていた。顔も皮膚は付いているものの、どす黒く焼けていた。」

吉田さんの顔には生涯消えることのない大きな火傷の痕が残り、周囲からの視線に苦しみ続けました。
辛うじて死を免れた人々も、心身に深い傷を負い、放射線の影響で癌などが発症することへの不安と恐怖を一生抱え続けています。

今、地球上に存在する核弾頭は、1万2千発以上。

なぜ、これほど残酷な兵器に固執する国があるのでしょうか。

(中略)

核兵器に依存する国は、核兵器を実際に使用しなくても、保有することで他国に攻撃を思いとどまらせることができるという「核抑止論」を主張します。
しかし、戦争という極限状況の中で自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、それでもなお「核のボタン」を押さないと、誰が言い切れるでしょうか。

広島・長崎への原爆投下は、人間が人間への核兵器使用という一線すら超えてしまう現実を突きつけました。

人間の命も尊厳も木っ端微塵に破壊する核兵器の威力を身をもって知る被爆者や被爆地は、その体験から確信をもって訴えます。

核抑止論は、極めて危うい。核兵器は「必要悪」ではなく「絶対悪」であり、人類と核兵器は決して共存できない、と。

(中略)

すべての国の指導者のみなさん。国連憲章の理念に基づく多国間主義と「法の支配」を早急に取り戻してください。
人間の尊厳と基本的人権を守り、国際協調を通じて恒久平和と人類共通の繁栄を実現するという国連創設時の精神に立ち返ってください。

核保有国と核抑止力に依存する国の指導者のみなさん。核抑止力に頼れば頼るほど、核戦争の危険もまた高まる現実を直視すべきです。NPTの義務を履行し、核軍縮に向け着実に前進することを強く求めます。

とりわけ日本政府は、今年初めて開催される核兵器禁止条約再検討会議に参加し、唯一の戦争被爆国としての歴史的使命を全うすべきです。
不戦の決意が込められた日本国憲法の平和の理念と非核三原則を堅持し、国際社会の緊張緩和と軍縮に向けた外交を強化してください。
北東アジア非核兵器地帯の実現などを通して、核兵器に頼らない安全保障政策への転換を求めます。

さらに、平均年齢が86歳を超えた被爆者への援護の充実と、未だ被爆者と認められていない被爆体験者の一刻も早い救済を強く要請します。

(以下略)

高市首相あいさつ

6日の広島での「あいさつ」と同様、「わが国は『非核三原則』を堅持しており」と述べました。
現状では堅持している。
将来も堅持し続けるとは述べませんでした。

核抑止力論から決別するとも述べませんでした。

核兵器禁止条約には全く触れず、核兵器禁止条約再検討会議にオブザーバー参加するとも言いま
せんでした。

「『被爆体験者』の皆さまに対しても、被爆者の方々と同等の医療費助成を着実に実施します」と
述べましたが、被爆者と認定するとは明言しませんでした。

その後、高市首相と被爆者との面談の時間が設けられましたが、「被爆体験者」の発言は認めら
れませんでした。

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。