平和への誓い

戦争と平和を考える8月 (2)【いまこそ学校に希望を300】

戦争と平和を考える8月 (2)

核抑止力論を乗り越え、一日も早く核廃絶を!

日本政府は、一刻も早く核兵器禁止条約の締約国に!

松井一実広島市長が読み上げた、広島市の平和宣言

松井市長は、「被爆から81年が経過した今、この地球上で核を脅しに使った軍事侵攻や国際法を
ないがしろにする大国の横暴な振る舞いが繰り返されて」いる。
このままで「第2次世界大戦の時代に回帰して」しまい、「第三のヒロシマ・ナガサキをつくり出すことになり」かねない、と懸念表明。

「当時16歳だった女性の姉が、まるで骸骨のように皮膚が崩れてなくなり、唇のない口から歯がむき出しになっていた姉の顔は、悪夢のようで信じられなかった」など、被爆者の証言を紹介しました。

そして、次のように訴えました。
「市民社会は、こうして被爆者の声や被爆者の思いを伝承する活動に鼓舞され、核兵器廃絶と平和
を願う行動の輪を、国境を越え世代を超えて広げてきました。しかし、多くの為政者は現実的な対
応として核抑止力に依存し続け、暴力を肯定する国際社会が出現し、核兵器のない世界は遠のくば
かりです。…(中略)…一人一人があらゆる暴力を否定し、核兵器廃絶という理想を理想で終わらせ
ない国際社会をつくり上げるために行動を起こす必要があります。
そこで、若い世代の皆さんに提案があります。

…(中略)…

すでに世界の多くの若者が、広島をはじめさまざまな場で被爆の実相を学び、交流を深めています。
皆さんも平和のために日常生活の中でできることを実践し、自らの思いを発信することで、その行動の輪を広げていってください。」

「世界の為政者の皆さん、市民社会は一日も早い核兵器廃絶を願っています。いったい、いつまで失望させ続けるのですか。核兵器の使用が人類に壊滅的な被害をもたらすこと、そして核軍縮・不拡散は、多国間で取り組むべき課題であることを十分理解されているはずです。また、核保有国の為政者の皆さんは、核軍縮に大きな責任を有しているのですから、自ら範を示す必要があることを十分に認識されているはずです。世界の為政者の皆さん、自ら被爆地を訪れ、ヒロシマ・ナガサキの悲劇と真剣に向き合い、被爆者の平和への思いを受け止めてください。

…(中略)…

日本政府には、日本国憲法が掲げる崇高な理想を深く自覚し、国際社会において名誉ある地位を占めるための歩みを止めないでいただきたい。
とりわけ、各国との分断や対立が生じかねない厳しい安全保障環境にあるからこそ、国民に犠牲を強いることのないよう、したたかで粘り強い外交に
徹する中で、国際社会の平和と安定に向けて貢献し続けることを表明し、実行していただきたい。
そのためにも、まずは今年11月から開催される核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、そして、一刻も早く締約国となっていただきたい。また、平均年齢が86歳を超えた被爆者の支援策については、今なお抱えているさまざまな苦しみや苦悩に寄り添い、在外被爆者を含めた被爆者援護のあり方を踏まえた上で、その充実を図ることを強く求めます。

(以下、略)

高市首相が、述べたことと述べなかったこと

「首相あいさつ」で高市首相は、「広島および長崎にもたらされた原子爆弾による惨禍、筆舌に尽くし難い苦しみは二度と繰り返されてはなりません。」
「わが国は『非核三原則』を堅持しており、『唯一の戦争被爆国』として、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています」
と述べました。

高市首相は、非核3原則の見直し(核を「持ち込ませず」の放棄)を持論として明言しており、非核3原則を「堅持しており」とは、「今は堅持している」という表現で、堅持し続けるとは言っていないのです。

また、「核兵器のない世界」という表現は、「いつか遠い将来、究極的には核兵器のない世界を願う」という意味で、核兵器保有国でも言っていることで、たいへん無責任な態度なのです。けっして「一日も早く」と言わない。

「核抑止力論」は核保有国が取ってきた理屈で、日本政府もこの「抑止力論」を取り続けています。核兵器ほど恐ろしい兵器はありません。「我が国は核兵器を持っているんだぞ」ということを示せば、どの国も攻めて来られない。戦争を押しとどめることができる。核兵器をもっていることが、戦争を未然に防ぐ力になっている、という理屈です。
核兵器を実際に使わなくても、持っていることで戦争を抑止できる、というのです。

しかしこの理屈には、大きな矛盾があります。

第一に、核兵器は実際に使われかねないという事態が何度も起こっています。朝鮮戦争の時、キューバ危機の時、そして今次のウクライナ戦争。

第二に、武器というものは、持っていれば使いたくなるものだということ。日本の敗戦は、遅くとも1945年初めの時点で、決定的でした。もはや日本の軍事力は余力がなかったのですから。
1945年初の時点で、日本政府が戦争を続ける目的は「国体(天皇制)の護持」だけでしたから。
1945年2月「近衛文麿の上奏文」を天皇が受け入れていれば、7月「ポツダム宣言」を受諾していれば、その時点で戦争は終結していたのです。

第三に、この「抑止力」というのは、「こっちには核兵器があるんだぞ」と相手を脅すこと、威嚇することです。いざとなったら、絶大な暴力を使うぞ!と脅す。対話ではなく、暴力で解決するということを意味するのです。いざとなったら、戦争する、核も使うということです。

「核抑止力論」は、対話ではなく核兵器の威嚇で紛争を解決しようという理屈で、核兵器必要論です。
日本政府は、「核抑止力論」にしがみついており、日本は世界で唯一の戦争被爆国でありながら、核兵器禁止条約に参加していない、という異常な国になっているのです。

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