教育に自由を!(3)
「教科書裁判・杉本判決」から学ぶ
政府・文部科学省による学校教育への統制が強まり、国家権力が教育内容にまで介入する事態となっている今日、教育の自由とは何か、学校の自由とは何か、教職員の自由とは何か、問い直さなければならないでしょう。
安倍政権によって、教育委員会制度が改変されて以降特に、政府 → 文部科学省 → 都道府県教育委員会 → 市町村教育委員会 → 学校 という上意下達の統制が強まりました。
〝子どもの自主性を大切に!〟などと言いながら、学校や教職員の自主性が大切にされないという、奇妙なねじれ現象が教育現場で起きているような気がしてなりません。
教育の自由を考える際、1970年7月17日に判決が出された、家永教科書裁判の東京地裁・「杉本判決」が想起されます。
故・家永三郎さんが国による教科書検定は、違憲・違法だとして提訴した「教科書裁判」。
東京地裁の杉本良吉裁判長らが、家永さんの日本史教科書を不合格にした検定は違法だとした「杉本判決」(1970年7月)から今年で50年です。

「杉本判決」は憲法に基づき、教育は「子ども自らの要求する権利」であるとし、国民の教育権を保障する立場から、国家が教育内容に介入することは許されないとのべました。
教育の自由や学問の自由を尊重した画期的判決でした。
家永さんには戦争に反対できなかったことへの痛切な自責の念がありました。
著書『太平洋戦争』では「戦争はどうして阻止できなかったか」と問い、「国民の意識が国家権力の統制によって画一化され」たことが決定的だと書いています。
二度と戦争を起こさせない。
そのために学問の自由を守るという信念が、家永さんをして32年にわたる裁判をたたかわせました。
その思いは大きく響きました。
市民、教職員、出版労働者、学者、学生などに支援の輪が広がり、都道府県・地域、分野別に70以上の支援組織ができました。名だたる学者が次々と証人として法廷に立ちました。
日本学術会議への人事介入は家永さんが半生をかけて守ろうした学問の自由を踏みにじるものです。
法政大学の田中優子総長は、学術研究は政府から自律してこそ真理を追究でき、社会全体の利益につながるとのべています。
教科書裁判のように、国民全体の問題として追及そたい。 (2020年10月14日「潮流」)
40年ぶりの再会

大感激・大興奮の一日でした!
8月30日(日)、40年前に中学を卒業した教え子が3人、訪ねてきてくれました。
いずれも現在55歳。
私が3年1組を担任した子たちです。
「こんなこともあった」「あんなこともあった」…と懐かしさが込み上げるお喋りが続きました。
もちろん、近況についてその他お喋りは止めどなく続きました。
名前だけでも憶えてくれていてもありがたいことなのに、「先生に会いたい」と新幹線に乗ってやってきてくれるなんて、夢のようで、感極まる思いでした。こ
の再会が、残りの人生をも励ましてくれるようです。
これも〝教師冥利〟でしょうか。

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