経験談

子どもが主人公の学校に!(34) 【いまこそ学校に希望を296】

子どもが主人公の学校に!(34) 研修について考える(3)

研修の3原則

いま学校で、研修の3原則は守られているのでしょうか。

研修の3原則とは、いうまでもなく、①自主 ②民主 ③公開。

ところが、学校現場でこの言葉があまり言われなくなってしまったように感じます。

• 「自主」とは、研修は教職員が自主的に行うものである、ということです。

教職員各自が自主的に図書館に行って調査したり、本を読んだり、博物館などへ行って調査・研究したり、また、民間教育研究団体が開く研究会に参加することすることです。
夏休みは、そういう研修を行う期間でもあります。
かつては、〝夏休み期間〟はすべて研修期間として認められ、研修の場所も何ら規定もなく、報告義務もありませんでしたから、図書館に行こうが、自宅で本を読もうが自由でした。
民間教育研究団体の研究会に参加したら、領収書を出せば参加費を公費で出してくれました。
私は毎年のように、歴史教育者協議会(歴教協)や全国生活指導研究協議会(全生研)や全国進路指導研究会(全進研)やK県民間教育団体研究会(県民教)などに参加し、全国の優れた研究や実践から学ぶことができました。
歴教協や全生研は毎年異なる都道府県で開催されますので、旅行を兼ねて参加しました。
記憶に残っているのは、東京、京都市、和歌山市、秩父市、天童市、中野市、新潟市など。
県民教は、箱根や湯河原で実施されました。

• 「民主」とは、民主的な中身の研修であるということです。

憲法や1946教育基本法、子どもの権利条約に則った中身であるということです。
「教え子を再び戦場に送らない!」という戦後民主教育の原点から外れない、「人格の完成」という教育基本法で明記された教育の目的から逸脱してはならない、ということです。
軍国主義教育の復活を狙う動きもありますから、民主教育の立場から中身をチェックしていく必要があります。             

・「公開」とは、①②の原則を踏まえれば、研修は、教職員のみならず、広く父母・保護者・国民・学生・子どもたちに開かれたものでなければなりません。

私が参加した研究会はいずれも、参加資格のようなものはなく、だれでも参加できました。
その中身は全て公開され、広く議論・学習の場に提供されました。

この3原則が守られている研修であればこそ、教職員が自らの学びを深め、教職員としての力量
を高めていけるのではないでしょうか。

さて今、この研修の3原則が守られているのでしょうか。
現在、公立学校で行われている研修が、あるいは教育委員会が主導して行われている研修が、教職員の自主性を保障するものになっているでしょうか? 

教育委員会の指示で、ほとんど強制あるいは半強制的に行かされる研修が増えました。
公立小中学校のほとんどが市区町村立学校ですから、市区町村の教育委員会の管轄ですが、なぜ文部科学省の指示で動くのでしょうか。
学校の教育活動は学校で決めるのが原則のはずなのに、なぜ教育委員会の指示で動くのでしょうか。
そして、教職員一人ひとりの判断ということが許されないのでしょうか。
子どもには、「自ら考え自ら行動!」と求めながら、教職員は教育委員会、校長の指示で動く、ということが常態化しています。

おかしいとは思いませんか。

それほど、上意下達が徹底してしまっています。
子どもに自主性を求めるのであれば、教職員の自主性が求められなければならないのではないでしょうか。

研修の3原則が蔑ろにされて、教職員の学びはありえないのではないでしょうか。

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